もう20年も前、初めて東京で芝居したときの話。
私は主宰していた劇団を引き連れて、念願の東京進出を果たそうとしていました。人も金もない勢いだけの公演で、私が作・演出・舞台監督・音響プラン・照明プランまでやって主演もするというムチャクチャさでした。
仕込みのとき、スタッフが床材がないというので探してみると、パンチカーペットが数本立てかけてあったので、これを使おうということになり舞台に敷きました。
ところが、実はそのパンチは劇場のリフォームに使うために用意されたものだったのです。後で小屋主さんに大目玉をくらったのは言うまでもありません。小屋主さんは私に言いました、「劇団ならリノくらい持っててよ」。
なにも知らない駆け出しの私はこの言葉を真に受け、東京で劇団やるならまずリノだと、中規模くらいの舞台の間口でも使える程度の長さのやつを3本、借金までして購入してしまいました。
実際は、ほとんどの小劇場はパンチなどが敷いてあるか借りられて、無理して手に入れたわりには使用頻度は低かったです。
でも、万が一ということがあるしと最初のトラウマも手伝って、引っ越しなど物を整理する機会があっても、本や家具は売ってもリノだけは手放しませんでした。
演出効果をねらったとき、私はリノを持ち出しました。タイニイ・アリス(旧)、ウエスト・エンド・スタジオ、サンモール、そうそう、サントピアにあったサウスコアも私のリノは知っています。
私の下積み時代を誰より知ってるのは、なんとこのリノなんです(笑)
そんなリノを、縁あってキミトジャグジーの手作りイベントスペースで使ってもらえることになりました。
イベントスペースの柿落とし公演は初日を観劇。いやぁ誇らしかった。誇らしかったよ、リノ。物だというのにまるで子供を送り出したようなこの奇妙な親心はとても説明しがたいです(笑)
終演後、客席にお茶が配られ、柿落としを祝って乾杯したのですが、私一人キミジャグメンバーにだけじゃなく、舞台の床にも「乾杯!」と声をかけました(笑)
帰り、私は舞台まで行って、リノに触れました。そして「どうだい、楽しいかい?」と心の中で話しかけました。
よかったな、リノ。落ち着くとこに落ち着いて。
長い旅だったなぁ、相棒。
あばよ。
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